協会誌「大地」No49

東北大学 大学院工学研究科 土木工学専攻 風間 基樹

 

地震地盤工学からみた斜面地盤災害

1.はじめに

平成20 年岩手・宮城内陸地震は、火山帯山地で発生した震源の浅い(8km) マグニチュード7級の内陸直下地震であり、山地の沢部に面する斜面崩壊に代表される斜面地盤災害が多く発生したことが大きな特徴である。ここでは地震地盤工学的視点から被害・現象を紹介し、筆者が感じたことのいくつかを述べて寄稿としたい。斜面災害の他に国道342号祭畤(まつるべ)大橋の落橋やダム・トンネルなど土木構造物被害については速報1),2)や報告3) を参照していただきたい。

2.斜面の崩壊形態と安定性評価

一口に斜面災害といっても崩壊形態は様々である。大別して以下の形態がある4)

今回の地震では、これらのすべての形態の斜面災害が発生している。写真1〜3は岩盤崩落、斜面崩壊、地すべり性の斜面崩壊によって河川・道路が閉塞した事例である。

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写真1 主要道築館栗駒公園線の岩盤崩落による道路遮断、地震翌日の調査団はここで引き返した(撮影:筆者、6/15)

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写真2 沢部に面する斜面崩壊の事例(迫川流域・小川原地区)、木々や岩塊が多く、復旧作業を困難にした(撮影:東北大学渦岡良介、6/18)

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写真3 市野々原(2)の河道閉塞、直後から対策され6月20日には左岸側を新たに掘削した仮排水路により通水されている。(撮影:筆者、6/28)

土石流を含めて、これらの崩壊形態の違いは、運動速度や移動距離、移動体(土塊や岩塊)の乱れの度合いによるものと理解できる。また、このような崩壊形態と斜面の傾斜角度も関係がある。崩落・斜面崩壊・土石流に比較して地すべり性の斜面崩壊のすべり面の角度は小さい。典型的なものとしては、荒砥沢ダム上流部に生じた巨大地滑りの滑り面は約2度と、非常に低角である。一般的に言えそうなことは、

くらいである。何れも定性的には言えても、定量的に論じるとなると、多くの事例の詳細な分析・実験が必要となる事項ばかりである。崩壊箇所の隣に位置する崩壊しなかった箇所の理由を見つけることも難しい。既存斜面の危険度の評価、予測の難しさを見せつけられた気がする。さらに言えば、地震によって斜面の安定度がどの程度損なわれたのかを評価する手法がない。移動体の動態観測、斜面安定化工の健全度調査結果については、是非、報告書としてまとめ、今後につなげてほしい。

3.地震動と斜面崩壊

1 は、震源近傍のKiK-net 一関西で観測された強震記録である。この記録は、観測史上最大の上下動3866cm/s2、水平成分との合成で4G を超える最大加速度である。特に、震度法に馴染んだ設計者にとっては、とてつもない加速度のように感じるかも知れない。しかし、それでも壊れないものが多くあることを直視すれば、動的に変動する加速度最大値に質量を乗じて、静的な水平力に置き換える簡易な考え方には限界があることが分かる(机を軽くたたいても衝撃によって10G を超える加速度が容易に出るが、机は壊れない)。問題は震動の周期である。今回の地震によって建物の震動被害が少なかった理由はそこにある。建物に共振を起こす周期成分が少なかったのである。それでは、何故、斜面崩壊が多発したのであろうか。

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図1 KiK-net 一関西の地表面加速度波形

地震動の強さを表す指標に応答スペクトルがある。応答スペクトルは、ある固有周期・減衰定数を持つ1質点系の振動システムに当該の地震動を作用させたときの質点の最大応答を計算し、それをシステムの固有周期毎にプロットしたものである。図2 は、KiK-net 一関西で観測された地震動(KiK-netIWTH25)の擬似速度応答スペクトルを他の地震記録と比較したものである。一関西の観測記録は、周期0.5〜2秒の構造物に対しては、1995年兵庫県南部地震で観測された地震動よりも作用外力としては小さいが、短周期の構造物に対しては兵庫県南部の地震動よりむしろ大きいことがわかる。

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図2 KiK-net 一関西の地震動の擬似速度応答スペクトルの比較5)

この結果は、斜面災害に寄与する地震動としては、建物に影響を強く与える周期0.5〜2秒より、短周期の周期成分が重要であることを示しているが、それでは何秒くらいの周期なのかと問われると答えられない。そもそも斜面の崩壊機構と建物の破壊機構に違いがあるからである。斜面は地震が作用する前に重力を受けており、それに土や岩石が抵抗している。すなわち、初期せん断応力を受けている。岩石は、土よりも大きなせん断強度を持っているため、大きな初期応力に耐えて急崖でも安定している。しかし、地震力の作用で一旦崩れると重力に逆らうことができずに崩壊の一途である。すなわち、強度の大きな岩や固結した土は脆性的な破壊を起こしやすく、外力がある閾値を超えるかどうかが問題になる。その意味では急斜面を構成する岩盤や固結した地盤ではせん断強度を算定することが最も重要な関心事であることが頷ける。

一方、土の発揮するせん断強度は岩石ほど大きくない(急な斜面は土で構成されていない)。土の場合に問題になるのはせん断強度よりもむしろ, 震動による繰返しせん断によって過剰間隙水圧が上昇するか否か、せん断面上を連続的に滑った場合に発揮する強度(残留強度)がどれくらいかが問題になる。すなわち、地震力の評価としては繰返しの効果を考慮する必要がある。

このような初期せん断応力を受ける場合の地震動の作用を考慮した地震力の評価方法の一つとして片側必要強度スペクトル6)がある。これは斜面に置かれた弾完全塑性1質点システムが地震動を受けたときに、ある大きさの残留変位を発生するために必要な降伏震度(自重に対する比率の何倍で塑性化するか)をシステムの固有周期毎に示したものである。図3は、それを今回の地震記録と他の地震記録とで比較したものである(地震動の符号によって二つ計算される)。一関西の地震動(赤)による結果は、0.1〜0.5秒の短周期のものに対して厳しい。例えば0.1秒のシステムでは、降伏震度が1、すなわち自重とほぼ同じ力が水平に作用したときに滑り出す系が今回の地震動を受けると、丁度10cm の残留変位が生じることを示している。なお、計算では上下動の影響は考慮していない。

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図3 KiK-net 一関西の地震動の片側必要強度スペクトル
(10cm の残留変位を生じさせるのに必要な降伏震度)の比較

斜面災害を多く引き起こす地震動の性質とは何かを論じる場合に、岩盤や地盤の力学的性質を研究しなければならない理由がお分かりいただけたであろうか。

4.荒砥沢ダムの地震動と巨大地すべり

荒砥沢ダム上流部で発生した地滑りの断面は図4のように推定されている7)。地震後、関係機関で地すべり地形の詳細が調査され8)、すべり面は、軽石凝灰岩の下付近に位置し、非常に緩い傾斜(約2°)と推定されている。

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図4 地すべり移動土塊の推定断面図7)

この地すべりは、おおよそ中央の大きな土塊が滑っている最中あるいは滑った後に、後方の分離丘が二つ取り残されるような形で止まっている。この移動の時系列は不明であるが、その手がかりとなりそうな地震記録がある。図5 は、防災科学技術研究所のKiK-net 一関西地中部、栗駒ダム(荒砥沢ダム北東6km)監査廊下部、荒砥沢ダム監査廊下部で記録された強震記録を、時間軸を合わせて表示したものである。本震に続く後続波形に着目するため、40秒までと40〜120秒までをスケールを変えて示している。ここで、後続の60〜100秒付近の余震に着目してみよう。まず、80 秒付近の最大の余震を見ると、荒砥沢ダムの記録に最も早く出現し、振幅も大きいことから、震源が荒砥沢ダム近傍にあることが推定できる。さらに、荒砥沢ダムで観測された波形には、栗駒ダム、一関西の波形にないフェーズの波形がある(図中の囲んだ部分)ことがわかる。これらの波形が、荒砥沢ダム上流部に発生した巨大地すべりと関係があるのか無いのか、あるとすればどのような関係にあるのか、現時点では推測の域を出ない。今後の解明に期待したいところである。

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図5 荒砥沢ダム・KiK-NET 一関西、栗駒ダムで観測された強震記録の比較

5.土石流

 地震によって、東栗駒山山頂に近いドゾウ沢に面する斜面で発生した崩壊によって土石流が発生した。国土地理院によれば、源頭部での土砂崩壊の規模は、長さ約200m、最大幅約300m、最大厚さ約30m、崩壊土砂量約150万m3(東京ドーム約1.2杯分)と推定されている。写真4に源頭部の空撮写真を示す。標高約1360mから崩壊した土砂は、沢に沿って一気に駒の湯まで標高差800mを流れ下った。死者5名、行方不明者2名を出した駒の湯は、土石流に飲み込まれたものである。

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写真4 ドゾウ沢、土石流源頭部、長さ約200m、最大幅約300m、最大厚さ約30m、崩壊土砂量約150万m3
(撮影:4学会合同調査団、6/18)

この写真を見て気がつくことは、源頭部で起こった崩壊が対岸の尾根を乗り越えていること、左下の雪渓の下部が土砂を被って茶色になっていることである。土石流の岩塊・土砂は、源頭部の崩壊の時点から水を含み、流動性があったと思われる。地震が引き金になった土石流(山津波)の過去の国内外の事例でも、降雨の有無に関わらず泥流化している。

筆者らは、不飽和火山灰質砂質土の液状化機構を研究し、火山灰が繰返しせん断の作用によって不飽和であっても有効応力を失うことを実験的に示した9)。しかし、岩塊や土砂が土石流化するために必要な土質材料としての構成要件は、よくわかっていない。ドゾウ沢の北側に位置する産女川の土砂崩壊が一旦土石流化したものの途中で止まった事例との違いが何に起因したのかを知りたいと思っている。

6.河道閉塞

斜面崩壊による河道閉塞が岩手県の盤井(いわい)川水系と宮城県の迫(はざま)川水系で多数発生している。国土交通省が復旧対策対象としている河道閉塞箇所は表1に示す15箇所である。これらには既に決壊したものや既に対策され決壊の危険性がないものも含まれている.また、河道閉塞の多くは地表地震断層より西側(上盤側)で発生している。

産女川Dの河道閉塞は崩壊土砂量(約1260 万m3)としては最大規模のものであり、産女川を約260m に渡って堰き止めている(写真5)。市野々原Aでも大規模な斜面崩壊により磐井川が堰き止められた(写真3)。

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写真5 産女川Dの河道閉塞(撮影:筆者、6/28)

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写真6 湯ノ倉温泉Iの河道閉塞(撮影:筆者、6/28)

迫川沿いでは下流の花山ダムより上流部に多くの住民がいることから、緊急対策がとられた。下流部では浅布F、小川原G(写真2)、上流部では湯ノ倉温泉I(写真6)、湯浜Lの規模が大きく大きな堰止湖が形成されている。

写真に示すように堤体には表層土砂や風化した凝灰岩からなる細粒土も含まれており、堤体を形成する崩壊土の構成はこれらの比率によって異なっている。崩壊土に細粒土が多く含まれるほど、天然ダムの遮水性が高くなり、堰止湖の水位上昇も早くなる。また、越流時の侵食の危険性も高くなる。堤体土の構成には、崩落した斜面の岩石構成や岩石の風化の度合い、さらには崩壊形態(高さや流下距離)などが関係している。今後の天然ダム対策のためにも、堤体の土質データや集水域の水文データなどを総合して、天然ダムの安定性に関する調査を行うことが必要である。

湯ノ倉温泉Iの天然ダムでは、新たな河道の掘削工事中の10月24日に100mmを超える雨によって天然ダムが越流侵食している。東北地方整備局の記者発表によれば、「10 月24 日2 時から降雨が続き、24日14時には、これまでの最高水位となる標高396.7mまで上昇しました。その後、水位が1時間あたり0.3m 低下しましたが、16時50分〜17時30分の40分間で約10mの水位低下がありました。」とあるから、単純に考えて、堤体の内10m分が侵食されたことになる。写真7はその1ヶ月後に現場を下流側から撮影したものである。V字谷部分が流失した部分である。

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写真7 湯ノ倉温泉I、越流侵食された後の様子
(撮影:東北大学渦岡良介、11/24)

初期の段階で、天然にできた堤体の安定性をどのように評価したらよいのであろうか。出来上がった堤体をそのまま安定化させて永久に存置させる対策と開削し水を流す対策が選択肢としてあった場合、どのように考えるのべきであろうか。天然にできた堤体の安定性についても勉強したいと思っている。

7.おわりに

本文は、学術論文とは趣を異にして筆者が感じたままを書いており、内容が厳密でないことにはご容赦願いたい。なお、現時点においても、地震によって生じた地盤災害は進行形である。地震によって不安定化した斜面や流出可能性のある膨大な土砂量の今後に注視する必要がある。本文を作成するにあたり、東北大学、渦岡良介先生には河道閉塞に関する資料を提供いただいた。京都大学防災研究所後藤浩之先生には、荒砥沢ダムの地震波形に見られる余震波形について議論していただいた。本文に示した地震波形は、防災科学研究所KiK-Net、ダム管理者の宮城県の取得したものある。公開の労に深潭なる謝意を表します。

参考文献

  1. 平成20 年(2008 年)岩手・宮城内陸地震被害調査速報、地盤工学会誌、Vol.56.No.8, pp.70-73,2008.
  2. 中村晋: 2008 年6 月14 日岩手・宮城内陸地震被害調査速報、土木学会誌、Vol.93.No.8, pp.1-6,2008.
  3. 風間基樹:2008 年岩手宮城内陸地震における斜面地盤災害、日本地震工学会誌、9 号、2009.
  4. 地盤工学会 ジオテクノート「土は襲う」地盤災害.
  5. 後藤浩之:地震地震動の概要、土木学会・地盤工学会・日本地震工学会・日本地すべり学会合同調査団岩手・宮城内陸地震速報会報告、http://www.jsce.or.jp/report/50/files/goto.pdf.
  6. 澤田純男、土岐憲三・村川史朗:片側必要強度スペクトルによる盛土構造物の耐震設計法、第10 回日本地震工学シンポジウム、pp.3033 − 3038、1998.
  7. 土木学会、4学会合同調査団速報会資料:http://www.jsce.or.jp/report/50/news3.shtml.
  8. 平成20 年岩手・宮城内陸地震によって発生した土砂災害の特徴、土木技術資料, Vol.50, No.10, pp34-39, 2008.
  9. 風間基樹, 高村浩之, 海野寿康, 仙頭紀明, 渦岡良介; 不飽和火山灰質砂質土の液状化機構について, 土木学会論文集C , Vol.62, No.2, pp.546-561, 2006.
  10. 国土交通省東北地方整備局:http://www.thr.mlit.go.jp/

表1 主な河道閉塞の規模10)(数字はいずれもおよその値)

番号 地区名 河川名 堰止幅(m) 堰止長(m) 崩壊土量(千m3
1 岩手県一関市小河原 磐井川 30 60 20
2 岩手県一関市市野々原 磐井川 200 700 1,730
3 岩手県一関市槻木平 磐井川 60 160 80
4 岩手県一関市須川 磐井川 130 280 390
5 岩手県一関市産女川 磐井川 200 260 12,600
6 宮城県栗原市坂下 迫川 20 80 90
7 宮城県栗原市浅布 迫川 220 220 300
8 宮城県栗原市小川原 迫川 200 520 490
9 宮城県栗原市温湯 迫川 80 580 740
10 宮城県栗原市湯ノ倉温泉 迫川 90 660 810
11 宮城県栗原市荒砥沢二 二迫川 - - -
12 宮城県栗原市沼倉 三迫川 120 300 270
13 宮城県栗原市湯浜 迫川 200 1,000 2,160
14 宮城県栗原市沼倉裏沢 三迫川 160 560 1,190
15 宮城県栗原市川原小屋沢 迫川 170 400 210

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