協会誌「大地」No47

土木地質(株) 高橋 克実

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39.平成19年度(社)日本地すべり学会東北支部
第23回総会および東北地理学会共催シンポジウム

平成19年6月1日(金)、東北学院大学土樋キャンパス「押川記念ホール」にて標記の平成19年度(社)日本地すべり学会東北支部第23回総会および東北地理学会共催シンポジウムが、「地すべりとの共生を考える−地すべり地の環境理解とその付き合い方を探る」をテーマに、114名の参加を得て盛会のうちに開催されました。

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会場全景

−(社)日本地すべり学会東北支部23回総会−

幹事長・千葉則行氏の進行により支部長・檜垣大助氏の挨拶から始まり、平成18年度事業報告、同収支決算・会計監査報告、平成19年度事業計画、同予算案の審議が進められ、各議案とも原案どおり満場一致で承認された。

支部長挨拶では、地すべり地形が集中する東北日本の山地では、地すべり地がさまざまな動植物の生育基盤をなしている。山間農地としても利用されている地すべり地の持つ環境的意義とその理解、 その保全を考した地すべり対策、土地利用の方策といった新しい地すべりの捉え方を探りたいとの抱負を述べ、東北地理学会との共催シンポジウム企画の主旨を説明された。

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支部長挨拶

−東北地理学会共催シンポジウム・講演内容−

・基調講演「応用地生態学から見た地すべりと環境の共生」

(株)環境地質 稲垣 秀輝氏

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応用地生態学から見た地すべりと環境の共生を考える上で重要となる次の4つの視点から講演された。

  1. 地すべりでの環境への取り組み
  2. 応用地生態学の重要性
  3. 植生と斜面安定に関する地盤工学的研究
  4. 斜面国日本の21世紀の斜面工学

地すべりでの環境への取り組みについては、平安時代から地すべり災害の記載があり、鎌倉〜江戸時代には25例の地すべり災害が報告されていること、明治時代以降の近代化や昭和時代に入っての高度成長を機に大規模な地すべり被害が急増し、1958年の地すべり等防止法の制定、1964年の地すべり学会発足など、20世紀は安全を重視した地すべり防災技術の確立の時代であった。これからの21世紀は、国際的な環境への取り組みの流れの中、1993年に制定された環境基本法から始まる豊かさをくわえた地すべりでの防災と環境の共生の時代に変わりつつある。

応用地生態学の重要性については、21世紀がそうであるとするならば、自然環境の保全が地すべり学のひとつの大きなテーマになろうとしており、地すべり地での自然環境の保全のためには生態系をより深く理解する必要がある。これからは、動植物などの生物を中心とした生態系の研究分野にくわえ、これら生物を育んでいる地盤とのかかわりを含めた研究分野としての「応用地生態学」の重要性を力説し、応用地生態学の数多くのツールを手始めに、地すべり・斜面の自然環境保全と防災を兼ねた手法を確立すべきである。

また、応用地生態学をより工学的に発展させるには、植生による斜面安定に関する地盤工学的研究が必要であるとし、未固結地盤・岩盤における植生による斜面安定効果の研究から導き出した、植生を考慮した工学的な斜面安定手法(粘着力合算法)を提唱した。環境にやさしい植生を積極的に斜面防災に活用して地盤と植生の総合的な評価手法を確立したい。

最後に、地すべり地では豊かで多様性の高い生態系が形成されていることも分かってきた。地すべり地での防災と環境の共生のためには、環境破壊や自然生態系の減少などの問題を解決しながら斜面の防災を考え、斜面全体を総合的に考える「斜面工学」の創生が望まれている。地すべり地の安全な暮らしと豊かな環境をつくるためには、基礎知識として応用地生態学が、ツールとして植生を考慮した斜面安定手法が必要であり、斜面工学という総合的な考え方によって21世紀の地すべりと環境との共生の時代がくることを予見された。

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基調講演稲垣氏

・話題提供

「白神山地の地すべり地の地生態学的研究」

弘前大学農学生命科学部 教授 檜垣 大助氏

弘前大学大学院 三島 佳恵氏

地すべり地は、変化に富んだ複雑な微地形から成るため、多様な動植物種の存在が予想される。白神山地の小規模な地すべり地を調査ポイントに設定し、地すべり地が作り出す森林生態系がどのように地すべり地の微地形と結び付いているかを地生態学的に調査した研究成果を報告した。

現地において、微地形構造・土壌・斜面物質移動・植生等、それら相互の関係を調査した結果、移動体下部の湿潤な環境にはサワグルミ林に見られる種、尾根部にはブナ林に見られる種、滑落崖斜面には乾燥傾向のところに生育する種というように、狭い範囲ながら地すべり地に対応した植物種の存在が確認できた。

本調査・研究のように、地すべり地の環境を地生態学的に捉え、それを積み重ねることにより、各地すべり地の対策工検討時には地形や土地被覆特性に応じた環境配慮へのポイントが整理できる。

「農山村における“ひと・農業”と地すべりの共生」

農林水産省東北農政局資源課 地質官 荒川 隆嗣氏

農林水産省が、2005年度から各農政局単位で実施している「農地等斜面災害予防保全指針策定調査」について報告した。

地すべり地域に暮らす住民自らの見識や労力に由来する防災機能・防災効果(ソフト面の効果)が、公共事業による地すべり防止効果(ハード面の効果)を増大ないしは補助する役割を果たしているとの見解を背景に、地すべり地域の農山村に代々伝授されてきた“地すべり防止策”を聞き取り調査し、収集→整理分類→評価→継承という手順を経て、ハード事業の補助的位置づけで活用するというものである。地すべりの兆候や原因、メカニズムを、住民の多くが水田作業や日常生活のなかで認知していること、集落・住家は不動地塊、地すべりブロック内は棚田を始めとする農地が主体というように、地すべりと共存した土地利用がとられ、古くからの伝承や古文書記録からもその土地利用との関係が推察できること等、自ずと習得した地すべり予防策を駆使しつつ、地すべりの利点を農業生産基盤に活用してきた地すべり地の農山村歴史が存在する。

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話題提供荒川氏

「山形自動車道月山湖PA(上り線)の地すべり対策」

東日本高速道路(株)山形管理事務所 副所長 佐久間 智氏

平成14年に発生した月山湖PA(上り線)の地すべりに対し、同PAの再供用までの3年という限られた期間内に急ピッチで進められた対策工事の経過について報告した。

地すべりの規模、発生当時の状況、対策工事の経緯・対策工の検証、再供用に向けての保守・監視体制の確立等、山形管理事務所がとった迅速かつ緊迫したなかでの対応策を紹介し、道路維持・管理の重要性を強調された。

・シンポジウム

シンポジウムでは、個々の話題提供に対して会場から活発な意見や質問が発言されたが、共催団体である東北地理学会から山形大学・阿子島功会長、植物生態学の立場から東北学院大学・平吹喜彦氏の両氏が、シンポジウムの総括的な意見を表明された。阿子島氏は、考古遺跡との係わりから、地すべりや地震時の憤砂などの遺跡を見るかぎり、先人は土砂災害を想定しながら上手に避けて生活してきたことを例にあげ、土砂災害を止めることの必要性と避けることの可能性を視野に入れるべき重要性を指摘した。平吹氏は、植物生態学の分野では、檜垣氏らの報告にあるような、地形形成の要因までも考慮した土地条件と植生の対応関係についての理解は、未だに不十分な状況であることを指摘し、今後は今回のようなダイナミックな地形・地質変動に相応するような植生の有り様についても分析を進めていくことがより深い自然環境の理解につながるのではないかと提言した。

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シンポジウム会場全景

シンポジウムの最後に、座長の東北学院大学・宮城豊彦氏は、今回のシンポジウムは、地すべりを単に災害ポテンシャルとして捉えるのみならず、自然環境を変化させ、多様化させる自然現象のひとつとして捉え直すことについて、その科学的な意義から具体例まで多彩な視点から報告があった。地すべりが関わることで形成された自然空間は、とりわけ東北において広大な面積を占めており、今後は、地すべり空間の持つ環境的な特性や多様性を解明することを推進し、この過程で得られる知識と経験を持って、防災や減災、環境保全などに明確な提言が出来るように発展していきたいと総括した。((社)日本地すべり学会東北支部幹事)

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