協会誌「大地」No46

弘前大学理工学部地球環境学科 教授 氏家 良博

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03.エネルギー資源の変遷

はじめに

私の専門は石油地質学及び、それから派生した有機地質学です。学部の専門科目では資源地質学として主に前者を教え、具体的には石油(天然ガスを含む)を中心に化石燃料の生成・移動・集積・保存・探鉱について話しています。大学院の博士前期及び後期課程では、主に後者について講義しています。具体的には堆積岩に含まれる有機物を利用した堆積環境や堆積岩の埋没史(熱履歴)の解明について教えています。

石油は単なる資源ではなく戦略物質と見なされ、世界の国々の政治や経済に多大な影響を与えています。中東地域での紛争やそれに関連した国際情勢はその好例です。第二次世界大戦の敗戦で打ちひしがれた日本が、ここまで成長・発展できたのも石油(特に石油を原料とした石油化学工業)のお陰です。

日本国内で消費される石油の99.5%は輸入されたものです。輸入先は中東地域が90%近くを占め、東南アジアやアフリカが続いています。産出量は僅かですが、国内産の石油は新潟・秋田・北海道等から回収されています。

地球温暖化や大気汚染の元凶として現在悪役にされている石油・天然ガス及び石炭ですが、今回「大地」に寄稿させていただくことになり、改めてこれら化石燃料の重要性を理解して頂こうと思い、エネルギー資源の変遷について以下に記したいと思います。

人類はどのようなエネルギー資源を利用してきたか

人類は自然界のエネルギーをうまく利用して、文化を育み、文明を構築してきました。人類の人類たる所以はエネルギーの利用といっても差し支えないでしょう。

人類がはじめて火を使った記録は60万年前の北京原人の時代まで遡ります。彼らは山火事などから得た火を、暖房に、照明に、食物の調理に、道具の加工に、あるいは野獣からの防御に利用しました。それ以降、人類は木材(薪)をエネルギー資源として利用してきました。木材を含むバイオマス(生物資源)は、繰り返し利用することが可能な再生可能資源であり、自然と調和したエネルギー利用システムです。

長い木材の時代を経た後、産業革命を契機として、18世紀頃から人類が利用するエネルギー資源の対象は石炭へと移り変わっていきました。木材に比較して3〜4倍という格段に高い熱量を発生する石炭は、19世紀半ばにエネルギー資源の主役となりました。石炭は3億年〜2千万年以上も前の遥か遠い昔の木材が地中に埋もれ変化したものであり、再生可能資源ではありませんが、その埋蔵量は膨大です。

1950年代になると、産業のさらなる発展に伴い、石油の利用が急増しました。石油こそが20世紀の現代文明を発展させたといっても過言ではないでしょう。石油の主成分は炭化水素であり、正確には液体である原油の他に、固体であるアスファルトや気体であるガスも含まれます。石油の成因はまだ100%解明されたわけではありませんが、最有力の成因説は続成作用後期成因説(ケロジェン根源説)です。それに従えば、遠い昔の海や湖に繁茂していた藻類・プランクトン・バクテリアなどがその死後単量体に分解され、その後逆に堆積物中で重縮合して巨大有機分子、ケロジェンを形成します。ケロジェンは堆積岩とともに埋没し続成作用を受けて熱分解し、その過程で生成された炭化水素が移動・集積して石油となります。石油は、石炭に比較して、その発熱量が1.5〜2倍もあり、しかも液体であるために輸送や貯蔵で大きな利便性を持ちます。非再生資源ではありますが、環境汚染も石炭ほどひどくはありません。しかし、その埋蔵量は、石炭に比べかなり少ないと推定されています。

天然ガスは、成因的にも組成的にも石油と類似しており、その大部分は広い意味での石油の中の気体部分に当たります。天然ガスの利用が本格化したのは第二次世界大戦後ですが、その需要は急速に増大しています。天然ガスの発熱量は、石油の発熱量よりも高いといわれています。液化技術が進歩した1960年からは、液化天然ガス(LPG)としてタンカーによる大量の海上輸送が可能となり、大規模な利用が進むこととなりました。天然ガスの埋蔵量については、研究者によりその値がばらついていますが、石油の埋蔵量よりは多いと推定されています。メタンを主成分とする天然ガスの環境に対する影響は、非再生資源ではありますが、石炭や石油よりも少ないと評価されています。

ウラン等の核分裂を利用した原子力発電所が、平和利用を目的に実際に稼動したのは1954年の旧ソ連が初めてでした。それ以降原子力発電所は増えつづけ、2005年末までに37カ国で434基が運転されています。しかし、1979年の米国スリーマイル島の事故、1986年の旧ソ連チェルノブイリの事故を契機として、原子力の利用は伸び悩み、現在は後退期に入っているといわれています。スウェーデンやドイツでは、原子力発電所の新設を取りやめ、現在稼動中のものも将来的には廃止するという方針を政府が決定しました。現在、原子力発電で利用されている原料のウランは、岩石中に胚胎するウラン鉱床から採掘されており、その埋蔵量は、熱量で比較すると石油の5分の1程度といわれています。非再生資源ではありますが、原子力発電そのものからの環境に対する影響は大きくないとされています。しかし、一旦事故が起これば、放射線による被曝など遺伝的な影響も大きく、数世代にわたる被害を及ぼす可能性があると危惧されています。

このように人類が利用してきた主なエネルギー資源は、木材→石炭→石油・天然ガス・原子力と移り変わってきましたが、その方向は熱効率の増大、即ちいかにしてより多くのエネルギーを取り出すかという方向であり、埋蔵量の多いものへとか、環境によりやさしいものへの方向ではありませんでした。

現在利用されているエネルギー資源

2005年に世界で消費されたエネルギーの内訳は以下の通りです(BP によるデータから石油換算で計算)。

  1. 石油    36.4%
  2. 天然ガス  23.5%
  3. 石炭    27.8%
  4. 原子力   6.0%
  5. 水力    6.3%

化石燃料といわれる石油・天然ガス・石炭の合計で全消費量の87.7%を占めています。石油と天然ガスだけでも全消費量の59.9%に達し、広い意味での石油によって、現在の人類社会は成り立っているといえます。

近い将来のエネルギー資源

石油を中心とした化石燃料の時代が少なくとも今後30〜40年は継続するでしょう。しかし、確認されている埋蔵量を年間生産量で割った可採年数、即ち各資源の寿命は、石油で40年、天然ガスで65年といわれています。今のような消費を続けてゆけば、50〜60年後には石油も天然ガスも枯渇してしまうということです。石油や天然ガスの鉱床、即ち油田やガス田の新しい発見を期待する向きもありますが、これはかなり難しいと思います。地球上でまだ石油探鉱がなされていない地域は、太平洋・大西洋・インド洋等の深海底と、シベリアやアフリカ奥地等の都市から遠く隔たった未開の僻地です。そこで油田やガス田が見つかっても、高度な掘削技術の開発や消費地までの大規模な距離の輸送に莫大なお金がかかり、現状では開発はほとんど不可能といわれています。

それでは、石油や天然ガスの後にエネルギー資源の主役を担うのは何でしょうか。可能性としては次の五つが考えられます。

  1. 石炭の復活
  2. 原子力
  3. 自然エネルギー
  4. オイルサンド
  5. メタンハイドレート(ガスハイドレート)

石炭は石油に主役の座を奪われてしまいましたが、その埋蔵量は熱量換算で石油の20倍近いと推定されています。しかも、石炭のガス化や液化技術も進歩したので、石油や天然ガスから石炭への移行は比較的容易であろうと考えられています。ただ、石炭の燃焼により発生する窒素や硫黄の酸化物は酸性雨や環境汚染の原因となりますので、それらの元素を十分に除去しないと環境へ与える影響は石油よりかなり大きいと考えられます。

原子力は、事故が起きたときの危険性やその地球環境に与える重大性を考えると、世界各地に原子力発電所を設置することは不可能であろうと考えられます。

太陽光、風力、地熱、バイオマス、水力等を総称して、自然エネルギーとかソフトエネルギーと呼んでいます。自然エネルギーは、環境に最もやさしく、再生も可能なので、理想のエネルギーとして現在もてはやされています。しかし、現在自然エネルギーから得ることのできる熱量は極めて小さく、石油や天然ガスのすぐ後にエネルギー資源の主役となることは不可能です。

近年石油の後をつなぐリリーフ役として、アスファルトが砂の中に混ざっているオイルサンドや、シャーベット状の氷にメタンが閉じ込められているメタンハイドレートが登場してきました。しかし、オイルサンドを回収するには、大規模に岩石を掘り出すことなどの環境破壊が問題となっており、まだ大規模な生産には至っていません。

メタンハイドレートはシベリア等の永久凍土地域、日本近海を含む海底等、世界各地から発見されています。その埋蔵量は、天然ガスの埋蔵量を上回るともいわれており、将来有望なエネルギー資源であります。しかし、その回収法がまだ確立されておらず、生産の目処はたっていません。また、メタンは二酸化炭素の21倍の効果を有する大気の温室効果ガスであるので、その回収に当たっては大気への散逸を完全に防ぐ手段の確立が必要です。

このように石油の後を次ぐ候補者は、いずれも完璧なものではありません。地域的な特性を活かし、環境との調和を考えて、これらのエネルギー資源を色々組み合わせながら合理的に利用するしかないのが現状です。

結び

核融合を利用した原子力発電は、事故の危険性も小さく、燃料となる重水素が海水中に大量に存在することなどから、理想のエネルギーという人もいます。しかし、核融合発電はまだ実験炉の建設に着手したばかりで、実用化されるのは22世紀以降でしょう。

環境保護を訴える人達からは、環境汚染を引起しやすい原子力エネルギーや化石エネルギーの消費量を減らすために、世界全体で使うエネルギーの総量そのものを減らすべきだとの意見も聞こえてきます。しかし、発展途上国の人々の生活レベルを日本や欧米並に引き上げるために必要なエネルギーの量は、現在世界全体で消費しているエネルギー量の100倍以上になるとの推定もあり、全ての国のエネルギー消費量を抑制することは不可能です。

私たち先進国は、現在までエネルギーを湯水の如く使い、強引に地球環境を変化させて、文化・文明を発展させてきました。その結果、地球環境に回復できない大きなダメージを与えてしまったのです。このままの状態が続けば、今度は逆に人類を含む地球上の生物の存在に危機が迫って来ようとしています。地球環境に配慮しつつ、全世界の人類の生活レベルを上げ、これまでと同様に文化や文明を発展させて行く道は、エネルギある。ー資源だけを取り上げても極めて困難なものです。

今こそ国境や人種、宗教の境を乗り越えて人類の英知を集め、これらの問題に取り組まなければなりません。青森県大釈迦産の原油と、その露頭での滲み出し。津軽地方の第三系からは原油の滲み出しが各所で認められるが、これまでの回収量はそれぞれドラム缶で数十本以下である。石油価格の上昇が続けば、このような地域も探鉱の対象になる可能性がある。

略歴

東京教育大学卒業後、北海道大学大学院理学研究科を修了(理学博士)。

弘前大学教養部助教授を経て弘前大学理工学部教授。

平成18年4月より弘前大学理工学部副学部長。

日本地質学会研究奨励賞及び有機地球化学会賞受賞。56歳

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