連載第5回

byロッキー鈴木

35.Between Cinema & Geology


 原作の王様

 われわれ純情なビンボー学生の間でブライアン・デ・パルマ監督の『キャリー』が評判になったのが77 年。その原作が後に『キング・オブ・ホラー』と称されるようになるスティーブン・キングの処女作とは、もちろん知るはずもなかった。

 この映画、怖いことも確かに怖いけれど、逆境と闘う少女の精神的成長を描いた青春物語でもあり、デ・パルマの華麗な映像テクニックと相まって、それまでの怪奇映画とはまったく違う美しい作品になっていた。

 80 年、スタンリー・キューブリックによる華麗にして恐ろしい『シャイニング』を観た時は、もっと驚いた。『博士の異常な愛情』や『時計仕掛けのオレンジ』で強烈な文明批判をし、『2001 年宇宙の旅』で哲学的テーマを、CG という言葉すらない当時としたは画期的な映像技術でSF の古典に仕立てたキューブリックが、その気になればこれほど完璧な恐怖映画を作れる、ということに驚いたのだった。

 そんなわけで、これまた原作者についてはそれほど関心がなかったし、そもそも『キャリー』と原作者が同じ、ということも気がつかなかった。ただキューブリックの見事な描写が、文章ではどう表されていたかを知りたくて、原作を立ち読みした程度である。やっぱりキューブリック、ただのホラー小説も彼の手にかかると・・・というわけ。

 実際、映画『シャイニング』はキングの小説を素材にしたキューブリックの世界だ。また、原作以上に怖い。しかし、振り返れば初期のこの2 作だけが、公開時点で原作者より映画監督のほうが「大物」だった例となったのは確かだ。現在、初版が150 万部準備されるといわれるキングにも、駆け出しのころはあったのだ。

 以後、昨年の『アトランティスのこころ』(スコット・ヒックス監督)『ドリームキャッチャー』(ローレンス・カスタン監督)にいたるまで、超ベストセラー作家キングの快進撃に呼応するように、「キングもの」映画も毎年のように封切られている。

 キングは非ホラーの中編4 編を集めた『それぞれの季節』の序文で、彼がホラー作品を量産したのは彼自身の指向というよりはむしろ市場の要請、いうなれば商業性重視の結果であり、特にホラーを書きたかったわけではないとしている。もちろん、少年の心に巣くう闇を描くことの多いキングにとって、恐怖ではあるであろうけれども。日本でもそうだが、アメリカの文学界もジャンル分けがやかましい。イギリスへ行けばグレアム・グリーンみたいに芥川賞も直木賞も同時に受賞できるような作家がいるが、アメリカの出版界では作家にはすぐにレッテルが貼られる。しかも、それぞれのジャンルは定員制になっているようで、移籍も簡単ではないらしい。

 ブラッドベリやヴォネガットもそうであったように、彼らはそれを割り切って受け入れてしまう。多くは、編集者のアドバイスを聴入れて。作品にとって大切なのはまずなによりも発表するであり、それによって得られる収入こそが、次のステージを用意してくれるのだから。世間からSF 作家と呼ばれようが、そんなことは構わない、というわけ。

 そして何と呼ばれようと、彼らの文章は無闇に美しい。醜い怪物を描いたり、好んで排泄物の描写をおこなうキングである。しかし、そんな時でも彼の描く世界はとにかく美しい。それでいながら、どこかの国の小説が失ったパワーがある。

 かのシェイクスピアだって、当時はロンドン人気作家四人衆の一人に過ぎなかったという。当代一の物語作家ともいわれるキングも、これほど熱烈に支持されるのは、圧倒的な描写力と並んで物語の内に秘められた強い主題性、結局は文学性によるので
はなかろうか。

 モダン・ホラーの金字塔ともいわれる大作『IT 』の最後の数行を読んでもらうだけで、その主題性は明瞭である。死と正面から向き合い、人生の切なさを痛切に感じているのは少年であって、大人は怠惰な不死の幻想に生きているという鋭い指摘。

 しかし、そこでいつも涙がこぼれるほどの感情が沸き上がるのは、この長く苦しい物語を主人公とともに生きてきた体験がさせるのであって、読者はこの物語が持つ圧倒的な力によって初めて、主題をより深く理解できることになる。キングが好んで用いる超常現象や超自然的な設定の数々も、彼が最終的に描こうとする主題を実体化させる装置である。

 さて、競って映画化されたキング原作映画のうち、何をベストとするか考えるのは、楽しい問題である。

 初期のころキングは、映画化された作品の中ではキューブリック色の強い『シャイニング』よりも、原作のイメージに近い『キャリー』が気に入っている、と語っている。(そういえば、一昨年、キング自身の制作で、より原作に忠実に『シャイニング』がリメークされた。最近のキングは自作の映画化の制作をすることも多い。これがまた、商売にしやすいのか、ほとんど短編を原作としたおどろおどろしい純ホラー作品である。だいたい、キング本人が監督した映画が『地獄のデビル・トラック』という典型的B 級ホラーである。文学性よりショッキングさ優先で、こと映画づくりに関するかぎり、キング自身が自分の『ダークハーフ』であるようだ。)

 さて、「ホラー作品だけを書きたいわけではない」として出版された中編集『それぞれの季節』からは、そのことば通り『スタンド・バイ・ミー』(ロブ・ライナー監督)『ショーシャンクの空に』(フランク・ダラボン監督)『ゴールデンボーイ』(ブライアン・シンガー監督、2 度目の映画化)という非ホラーの傑作映画が次々に生まれた。

 ヒッチコックを思わせるタッチの『ミザリー』(これもライナー監督)も傑作の誉れ高く、『羊たちの沈黙』と並んでサイコ・ホラーブームを作った作品とされている。熱狂的ファンに監禁される人気作家の恐怖を描いたこの作品、キング自身をモデルとしたと思われる作家の名前が「シェルダン」というのが強烈な皮肉で(日本ならさしずめ「赤川」だろうか)、こんなところにもキングの単なる流行作家とは違う骨っぽさが現れているようだ。

 ここでトリビア。79 年、新進の作家であるキング氏は「ナンバーワンのファン」を自称する人物にせがまれ一緒にとったポラロイド写真に「マーク・チャップマンへ」とサインした。翌年、チャップマン氏は、まったく同じことを世界一有名な音楽家に頼む。唯一違ったのは、サインが終わった直後、その音楽家に銃を向けたことである。撃たれなかったキング氏は『ミザリー』を書き、撃れたレノン氏はビートルズの再結成には永久に参加できなくなった。へぇ。

 少年の成長と超自然的な怪物との対決という初期によく描かれたテーマの集大成『IT 』はトミー・リー・ウォレス監督による素晴らしいTV シリーズとして鑑賞可能だが、ぜひ劇場映画にもして欲しいところ(昨年も『IT 』のリメイクのようだ。

 一般的には現在のところ「キングもの」の最高傑作は『グリーン・マイル』ということになるだろう。『ショーシャンク』でキングの世界を満たす空気を見事に映像化したダラボン監督が、名優トム・ハンクスと組んだこの作品はさすがに素晴らしく、今世紀冒頭のハリウッドを飾る傑作であり、また過去もっとも原作に忠実なキング映画である。

 しかし、本誌読者の必見映画は、何といっても『ショーシャンクの空に』でしょう。何しろ、冤罪による投獄に20 年間耐え、つ いに脱獄する不屈の精神を描くこの作品、主人公の元銀行員がアマチュア地質学者で鉱物採集が趣味、ということがもっとも重要な伏線となっているのですから。
 
(イラストレーション:古川幸恵)
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